温泉と酒

酒飲みと温泉

 酒飲みにとって、好きな土地に出かけておいしい酒が飲めないほど切ないことはない。特に温泉地で、すべての宿ではないにしても、おしなべてお酒に対する気遣いの希薄さを感じるのは残念なことである。温泉の心地よさ、心のこもった料理の提供等は何れの宿でも腐心している事であろう。
 最近は「地産地消」ということで、おいしい地元の食材も堪能することができるようになったが、それでも地元で産する日本酒、ビール、ワイン等を活かした一層豊かな料理を供する宿の少ないことはどうしたものか。

地酒と食文化
 
 
旅先のフランス、イタリア等で供される地域固有の食材と酒にこだわったおいしい料理に、彼らの食文化に対する自信と誇りを感じるのは私だけではなかろう。これから一層海外の観光客を誘致しようとするわが国にとって、「酒はナショナルブランドで事足れり」では、地域の食文化、日本の食文化の多様性を知ってもらうことは難しい。日本酒に例をとるならば、どの温泉地の近くにも昔から営々と銘酒を醸す酒蔵がある。しかも最近の醸造技術の進歩は目覚しく、地域のレベルの高い酒を手に入れるのは容易なことだ。

酒への想い

温泉地のこのような現状の遠因は、日本人の酒離れと多様な食文化に対する無関心と見るが、地元酒造業者も宿の土産売り場に酒を並べるだけではなく、地元ならではの食文化を作りだす意気込みで宿の調理場に食い込んでもらいたいし、宿泊業に携わるものもすべてが酒への想いを大切にして、温泉を訪れる観光客に魅力のある豊かな地域の食文化を堪能させてもらいたいものである。

藤浦 久夫